2014年 05月 21日 ( 1 )

  建 物

     信達宿本陣絵図です。 赤い部分が現在の建物です。
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     信達宿本陣は、太閤秀吉の時代から江戸時代まで除地(官地)とされ、年貢免除の本陣屋敷は、明治政府から、
     「国のものであるので半分は村に渡せと」言われ、赤色部分が市場村に渡しました。黄色部分が今の敷地です。
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     床の間に置かれているのが、葵の御紋(紀州徳川家)入りの桑材の重箱です。 明治四年(1871年)十一月、紀州から
     江戸に行かれる、最後の紀州藩主・十四代、中納言茂承公の御簾中伏見宮邦家親王の娘で、倫宮則子様を、ご止宿
     の折に拝領したと書かれています。またその時、則子様が、神社の境内の椿を詠まれた歌の掛軸も、残されています。
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     手紙や帳面などの古文書類も数多く残っています。ほとんどが、紀州家関連です。
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by youshow882hh | 2014-05-21 18:10 | 建物 | Comments(12)