津秦天満宮 (つはた)

   津秦天満宮の入り口付近から振り返ると、和歌山電鉄の電車が走っていました。
   紀伊風土記によると、昔は津秦を津和田村と言ってこの付近は入江でした。
   浜辺で、津渡のところから津和田と呼ぶようになったと記しています。 私達は今でも「つわだ」と呼んでいます。
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       神社の入り口にも鳥居があります。 中へ入りましょう。
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     春日造の本殿です。 津秦天満宮は、延喜元年(901年) 道真公が大宰府に向かわれて以来
     幾多の変遷を経て明治19年11月に津秦村の人々により、三重拝殿が建立されました。 
  津秦天満宮 (つはた)_b0093754_00226.jpg
  津秦天満宮 (つはた)_b0093754_003271.jpg

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by youshow882hh | 2007-11-23 00:30 | 神社 | Comments(10)
Commented by yoas23 at 2007-11-23 05:43
なるほどこの界隈は昔は浜辺だったのですか、
埋め立てて現在のような地形になったのでしょうか?

珍しい造りの拝殿ですね。屋根が三重になっていますが、
それで三重拝殿と呼ばれるのでしょうね。
Commented by at 2007-11-23 11:37
ポチ!
今から服をとりに行って大阪に行ってきまーす。
Commented by 小池 at 2007-11-23 17:15
これから、合格祈願でにぎわいそうですね、ぽち
Commented by risaya-827 at 2007-11-23 17:28
こんにちは^^
4,5枚目の画像の三重になっているのが変わっていますね?
普通はあまり見かけないのでは?
三重拝殿の名前の通りですね。。。
ポチポチッっと_〆(・・*)
Commented by ikkikurisan at 2007-11-23 18:10
三重拝殿は珍しいですね。 津秦天満宮はこれからが祈祷する
人々が多くなり、忙しくなりそうな気がしますが・・・
ダブルポチ!!
Commented by youshow882hh at 2007-11-23 20:29
yoas さん、こんばんは。コメント ありがとうございました。
この近くの小高い丘に、「花山貝塚」 があり、砂地に貝殻が無数にある所があります。
だからこの付近は遥か昔は海だったのです。
それが長い年月を掛け、紀ノ川から流れ来る土や石で自然に堆積し、
今の和歌山市が出来上がりました。

この津秦天満宮の本殿は、三重拝殿になっており珍しい形ですね。
ポチ・ポチ♪ ありがとうございます。
Commented by youshow882hh at 2007-11-23 20:31
ポチ・ポチ♪ ありがとう。
Commented by youshow882hh at 2007-11-23 20:33
小池さん、こんばんは。コメント ありがとうございました。
菅原道真公は学問の神様ですので、これから3月いっぱいは賑わいますね。
ぽち! ありがとうございます。
Commented by youshow882hh at 2007-11-23 20:37
理彩也さん、こんばんは。コメント ありがとうございました。
三重拝殿は名前の通り、やしろが三重になっていますね。
非常に珍しい建物だと思います。
ポチ・ポチ♪ ありがとうございます。
Commented by youshow882hh at 2007-11-23 20:41
ikkikurisanさん、こんばんは。コメント ありがとうございました。
三重拝殿は珍しいですね。
私もここ津秦天満宮以外では見たことがありません。
これから3月いっぱいは学生や父兄たちで賑わいますね。
ダブル・ポチ! ありがとうございます。


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