川のある風景

    江戸時代、この付近は 「寄合町」 「ト半町」 「駿河町」 「福町」、を 四丁町 (よんちょうまち) と呼ばれ、
    裕福な商人の町でした。
  川のある風景_b0093754_23594746.jpg

    かつては この辺りは昌平河岸と称し、天保時代より明治初年まで各種物産の荷揚げ場として
    賑わっていました。
  川のある風景_b0093754_23595651.jpg

     五代藩主・吉宗は、橋の北詰にある酒造会社(世界一統)の場所に、武士の子弟のための
     藩校学習館を建てました。 
     幕末までの150年もの間、紀州の儒者が木造時代の寄合橋を往復していた事でしょう。
  川のある風景_b0093754_00540.jpg

   寄合橋の近くの 「橋丁」 (川向こう) には、紀州が誇る世界的な植物学者・南方熊楠生誕の地があります。
  川のある風景_b0093754_00161.jpg

人気ブログ ランキングに登録しました。

bana-1

bana-2


どちらもクリックして頂ければ嬉しいです。

by youshow882hh | 2007-09-21 00:38 | 川のある風景 | Comments(14)
Commented by yoas23 at 2007-09-21 06:22
吉宗公は文武の研修に熱心だったのですね。
何かと良い話題の名君だったように思われます。
こうした歴史を振り返っての散策も、由緒正しい町ならではですね。
Commented by ikkikurisan at 2007-09-21 08:55
裕福な商人の町、各種物産の荷揚げ場、そして武士の子弟のための
藩校学習館と、いろいろと歴史がある所ですね。
ダブルポチ!!
Commented by 117k at 2007-09-21 09:46
裕福な商人の町・・・興味があります。
士農工商・・・と言われてましたが、一番は商人だと思います。
Commented by ゆめこ at 2007-09-21 16:01 x
こんにちは。懐かしい。また歴史の勉強も出来ました。
徳川家のおひだ元ですから何処に行っても歴史がありますね。
wポチ
Commented by likebirds at 2007-09-21 18:03
ゆーしょーさん、こんにちは。
この川は、運河として利用されていたのですね。
両岸のコンクリートの足場は船着き場の役目だったのでしょうか?
豊かな商人の町、そして学問の町、素晴らしい歴史があるのですね。

南方熊楠と言う方は前にテレビでいろいろと紹介されていました。あまり詳しくは覚えていないのですが、とてもすごい方なんだと思いました。

このあたりの景色は民家が少なくて、今までと少し違う印象ですね。(likebirds妻)
Commented by onsen771-2 at 2007-09-21 18:18
橋と花っていい感じですね。
これからは紅葉と橋になるですよね。

゙(*・・)σ【】ランキングにぽちっとな♪
Commented by youshow882hh at 2007-09-21 18:30
yoas さん、こんばんは。コメント ありがとうございました。
紀州・和歌山をお褒め下さりありがとうございます。
和歌山は、徳川家康の十男 徳川頼宣が55万5千石で入封して徳川家の治める
徳川藩が出来ていなかったら、和歌山も城下町としてここまで繁栄していなかったでしょうね。
ポチ・ポチ♪ ありがとうございます。

「世界一統」 は、和歌山の地酒として、有名です。
Commented by youshow882hh at 2007-09-21 18:30
ikkikurisanさん、こんばんは。コメント ありがとうございました。
この付近は、川の左側、桜並木のところには、(世界一統の酒造会社があるところ)
学問所があり、また、右側には裕福な商家が並び、各種物産の荷揚げ場として
大いに賑わっていた所です。
後ほどご紹介しますが、この付近から海へ出るのが案外近いのですよ。
ダブル・ポチ! ありがとうございます。
Commented by youshow882hh at 2007-09-21 18:38
きょうちゃん、こんばんは。コメント ありがとうございました。
私も,時代劇の映画を見ていつも思っていたのですが、武士が商人から
お金を借りますね。 そしたら商人の方が武士りも上じゃないかと思います。
17日に見た 「水戸黄門」 の時に出てきた 「紀伊国屋文左衛門」 などは
その最たる者ですね。
Commented by youshow882hh at 2007-09-21 18:47
ゆめこ さん、こんばんは。コメント ありがとうございました。
15代続いた紀州・徳川家が和歌山に文化をもたらしたのですね。
和歌山に住んでいたゆめこさんにとっては、懐かしい場面ばかりですね。

早速お越し下さり、ダブル・ポチを押していただき、ありがとうございました。
Commented by youshow882hh at 2007-09-21 19:01
likebirds の奥様、こんばんは。コメント ありがとうございました。
この川は、さかのぼって合流点を右に下ると和歌の浦へ行くことが出来ます。
反対に、この川を下っていけば、後ほどご紹介しますが、海へ出るのが案外近いのですよ。
だから各種物産の荷揚げ場として賑わったのでしょうね。
2枚目と3枚目の左の一角は、今は和歌山の地酒 「世界一統」 の工場となっています。
だから煙突があったり、今までの風景とは違うのですね。
「南方熊楠」 については、明日のブログで。
ポチ・ポチ♪ ありがとうございます。
Commented by youshow882hh at 2007-09-21 19:09
かりんさん、こんばんは。コメント ありがとうございました。
このような花は、北海道にはないでしょうね。
今年は暑かったので紅葉も遅いでしょうね。
後、数日でこのシリーズは一旦終わりますから、紅葉の時期まで持たないでしょう。
日を改めて載せますね。
ポチ・ポチ♪ ありがとうございます。
Commented by risaya-827 at 2007-09-21 21:53
吉宗公はお勉強好きだったのかも知れませんね^^
それにしても本当に水の豊富な街ですねー♪
川に映り混んでいる姿も綺麗です。
きっと水が綺麗だからでしょうね^^
ポチポチッっと_〆(・・*)
Commented by youshow882hh at 2007-09-21 22:33
理彩也さん、こんばんは。コメント ありがとうございました。
この付近は、街中特有の 緩やかな流れになっています。
川にはさざ波が立っているのですね。
吉宗公は、文武に長けていたのでしょうね。
だから将軍まで上り詰めたのだと思います。
ポチ・ポチ♪ ありがとうございます。


<<   川のある風景   川のある風景 >>