橋のある風景

     何年か前の撮影です。 この橋は和歌山市の寄合町と湊本町を結ぶ 「寄合橋」 です。
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     五代藩主・吉宗は、橋の北詰に武士の子弟のための藩校学習館を建てました。幕末までの150年もの間、
     紀州の儒者が木造時代の寄合橋を往復していました。
  橋のある風景_b0093754_20195254.jpg

   現在の橋は、昭和16年に完成した鉄筋コンクリートの橋です。寄合橋のたもとには二ヶ所ずつ このような灯火の親柱があります。
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     内川に架かる橋の中で最もきれいなシルエットを持った橋のひとつです。
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by youshow882hh | 2013-10-25 20:45 | 和歌山便り | Comments(8)
Commented by siawasekun at 2013-10-26 01:56 x
寄合橋、・・・・・・。
素敵なショットと解説から、様子、雰囲気、伝わってきました。

眺めて、心和みですね。

昨日も、とてもあたたかいコメント&応援ポチに、心より、恐縮、深謝、深謝です。
応援ポチ♪♪(全)
Commented by risaya-827a at 2013-10-26 09:47
おはようございます^^
幕末までの150年もの間、この橋を往来していた紀州の儒者、、、
それに新しくなったとは言え、昭和16年の建造と言うことは、それだけでも古いですね!!!
二ヶ所ある灯火の親柱は、今でも使われていますか?
こう言うのがあるのは珍しいと思うのですが?
いろいろなご紹介があると、いつも思うのですが
御地の方は本当に歴史を感じる建物や橋、風景がいっぱいあって凄い☆
ポチポチ☆彡
Commented by piko4438 at 2013-10-26 10:48
昭和16年世界大戦の始まった年ですね
まだまだ機材が豊富だったのでしょう  変な事考えてます
日本人の技術は大したものと思ってます 
こう言う橋でも時として災害には勝てませんね
此処紀州は穏やかな土地でしょうね 此の街灯?油でしたでしょうか
Commented by セラ吉 at 2013-10-26 23:52 x
ゆーしょーさん、こんばんは。
寄合橋には色々と語るネタがあるのですよ。
この川の下を和歌山の台所というべき
物資が船で運ばれてきたのです。
川を綺麗に写して頂き有難うございます
Commented by youshow882hh at 2013-10-27 11:53
幸せ君さん、こんにちは。コメントありがとうございました。
寄合橋の写真から心和んで下さりとても嬉しいです。
ポチ・ポチ♪ ありがとうございます。
Commented by youshow882hh at 2013-10-27 11:59
理彩也さん、こんにちは。コメントありがとうございました。
昭和16年、太平洋戦争が始まった年ですが、
それまでは木造の橋だったのですね。
資材のない頃にこれだけの橋が出来たものと思います。
二ヶ所×2で合計四か所あるのですが、今は使われてません。
黒くなっているところを見ますと、昔は油を焚いたのでしょうね。
ポチ・ポチ♪ ありがとうございます。
Commented by youshow882hh at 2013-10-27 12:08
ピコさん、こんにちは。コメントありがとうございました。
はい、仰る通り昭和16年、太平洋戦争が始まった年でもあり、
私が小学校1年生に入学した年です。
このころはまだ資材が豊富だったのでしょうかね。
戦争半ばには金銀や鉄類、それに宝石類の供出が始まりましたね。
昭和20年7月には敵機からの銃撃を浴びましたが、この橋は
幸いにして戦禍から逃れました。
橋の灯りとして油が使われていたのでしょうね。
ポチ・ポチ♪ ありがとうございます。
Commented by youshow882hh at 2013-10-27 12:15
セラ吉さん、こんにちは。コメントありがとうございました。
語り部のセラ吉さんならこの付近はよく御存じですよね。
仰るように江戸時代はこの付近和歌山の物流の場でしたね。
そしてこの付近には大きな商家が並んでいました。
各地からの物資を積んだ船が着き、大いに賑わったことでしょう。


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