和歌山西國三十三ヶ所観音霊場めぐり

  「西岸寺の板碑」です。大坂夏の陣(1615年)で戦死した安藤重能(しげよし)の供養のために建立されました。お墓は三河の国の
  安藤家の菩提寺にありますが、この板碑は弟の安藤直重が供養のために建てたものです。 大坂の一心寺にあったものを移設した
  ものと伝えられています。 当時の墓制の一端を示す重要な史料となっています。 (画面をクリックすれば大きく高画質になります)
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                                    Nikon D70s  Tamron AF 18-200mm 1:3.5-6.3 [IF] MACRO
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by youshow882hh | 2012-02-10 22:39 | | Comments(12)
Commented by vimalakirti at 2012-02-10 23:12
こんばんは。
昨日のお写真にあった墓地の入り口を入ったところにある
板碑でしょうか? 板碑としてはとても大きなサイズでは
ないでしょうか? 墓石のようにすっきりしていますね。
これまでに見たことのある板碑とは感じが違っています。
Commented by mokonotabibito at 2012-02-10 23:21
へえ、これは立派ですね。
とても珍しいものを見せていただきました。
こうして地道に地元の写真を撮っておられる、ゆーしょーさんには、敬服するばかりです。さすがです。
私は、海外でも日本でも、有名観光地をぶらぶら歩いて、気楽に写真を撮るのが性に合っているようですわ(笑)
ポチ♪
ポチ♪
Commented by siawasekun at 2012-02-11 02:20 x
おはようございます♪♪

「西岸寺の板碑」、・・・・・・。
素敵なショットと解説から、様子、雰囲気、伝わってきました。

ご紹介、ありがとうございました。

昨日も、コメント&応援ポチに、恐縮です。
応援ポチ♪♪
Commented by シロチャンのパパ at 2012-02-11 10:17 x
おはようございます
西岸寺の板碑、市の指定文化財だけに
これは、相当珍しい資料なんでしようね~ 

ぽちポチ
Commented by 周坊 at 2012-02-11 10:36 x
ゆーしょーさん お早うございます。

板碑というものを知りませんでしたので、てっきり木造かと思っていましたが「碑」ですから石ですよね。板碑は時々見かけます。大阪夏の陣で討ち死にしたことは当時とすれば安藤家にとって名誉なことで自慢に値したのでしょうね。素朴な書き方がかえって歴史的意味を感じさせます。
Commented by youshow882hh at 2012-02-11 15:13
みどりさん、こんにちは。コメント ありがとうございました。
はい、そうです。
西岸寺の墓地の中にあります。
何しろ高さが4m近く、幅が1mもあるとても大きい板碑です。
私の背の2倍以上もあるのですから圧倒されてしまいます。
ポチ・ポチ♪ ありがとうございます。
Commented by youshow882hh at 2012-02-11 15:18
模糊さん、こんにちは。コメント ありがとうございました。
この板碑は珍しいでしょう。
このような板碑は滅多にありません。
私も観光地の写真が大好きです。
このような地味な寺の写真よりも数十倍好きです。
でも和歌山の観光地と言えば限られますので・・・
ここ十年温泉へ行ってませんので好きな温泉へ行きたいです。
ポチ・ポチ♪ ありがとうございます。
Commented by youshow882hh at 2012-02-11 15:20
幸せ君さん、こんにちは。コメント ありがとうございました。
「西岸寺の板碑」は和歌山市の指定文化財になっています。
とても珍しい板碑なのです。
ポチ・ポチ♪ ありがとうございます。
Commented by youshow882hh at 2012-02-11 15:22
シロチャンのパパさん、こんにちは。コメント ありがとうございました。
はい、そうです。
とても珍しい板碑なのです。
歴史を感じるでしょう。
ポチ・ポチ♪ ありがとうございます。
Commented by youshow882hh at 2012-02-11 15:26
周坊さん、こんにちは。コメント ありがとうございました。
板碑といっても木の板でなく石の板ですね。
砂岩で造られています。
それに高さが4m近く、幅が1mもあるとても大きい板碑です。
大坂夏の陣といいますから生きた歴史を感じますね。
Commented by shuttle at 2012-02-11 16:51 x
youshowさん 今日は

「安藤重能」と言う武将は、大阪夏の陣で戦死したのですか。和歌山
藩家老の家柄だったとか。生年29歳と読めますが、立派な「板碑」
ですね。この太平洋戦争でも若くして戦死した下士官のお墓が、立派
に立てられているのがあります。家族とすれば、せめて墓碑など立派
に残してやりたい心境なんでしょうね。ポチポチ☆☆
Commented by youshow882hh at 2012-02-11 20:44
シャトル先生、こんばんは。コメント ありがとうございました。
安藤重能は、紀州藩の家老で田辺藩の藩主である安藤帯刀の嫡子なのです。
大阪夏の陣で若くして戦死しました。
和歌山でも太平洋戦争でも若くして戦死した下士官のお墓が、
立派に建てられているのを多く見かけます。
ポチ・ポチ♪ ありがとうございます。


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