<   2007年 06月 ( 30 )   > この月の画像一覧

  長保寺 (ちょうほうじ)

      九代紀州徳川家藩主、徳川治貞(はるさだ)公の墓です。
b0093754_0174954.jpg

    名君の誉れ高い熊本藩の第六代藩主・細川重賢と並び、「紀州の麒麟、肥後の鳳凰」と
    賞された名君です。
b0093754_018134.jpg
b0093754_0181250.jpg

     最後は、紀州藩最後の藩主、第十四代徳川茂承公の墓へ行くことにします。
b0093754_0182311.jpg

     看板には、「慶応2年8月20日没す」 と書いていますが、これは誤りで、明治39年8月20日、
     江戸で逝去。享年63歳です。  明治2年に初代和歌山藩の知事になっています。
b0093754_0183736.jpg

     「武士たる者は、政府の援助など当てにしてはならない。自らの力で自立するものだ」 と
     10万円を供し 「徳義社」 を設立して窮乏の士族の援助育成に努めました。
     石段の向こうに見えているのが、第十四代徳川茂承公の墓の墓です。
b0093754_0185070.jpg

    足早で長保寺を一周し、大門へ戻り、帰りました。
    尚、第十三代藩主慶福公も、第十四代将軍・徳川家茂となり、東京の増上寺に祀られています。
b0093754_019128.jpg

人気ブログ ランキングに登録しました。

bana-1

bana-2


どちらもクリックして頂ければ嬉しいです。

by youshow882hh | 2007-06-30 01:06 | | Comments(9)

  長保寺 (ちょうほうじ)

       この石段を登ったところに、七代藩主宗将公の墓があります。
b0093754_23581016.jpg
b0093754_23582254.jpg

    七代藩主宗将公に至り、「それには及ばず」 という理由で墓碑銘が書かれるようになりました。
b0093754_23584055.jpg

     さて、順路に従ってこの道を進んで行くと、八代藩主重倫公の墓があります。
b0093754_2359454.jpg

   20歳で紀州藩主に就任。 だが、徳川御三家の当主とは到底思えない傍若無人ぶりで、
   家人などに対して刀を振り回し、江戸屋敷では隣家の松平邸の婦女を銃撃したことがありました。
b0093754_23592082.jpg

    84歳と、当時としては長命を保っています。 お伊勢参りが趣味であったと言われています。
b0093754_23593094.jpg
b0093754_23594223.jpg
b0093754_044799.jpg

     長い間お付き合い頂きました 「長保寺」 も、明日で終わらせていただきます。
b0093754_045710.jpg

人気ブログ ランキングに登録しました。

bana-1

bana-2


どちらもクリックして頂ければ嬉しいです。

by youshow882hh | 2007-06-29 00:35 | | Comments(16)

  長保寺 (ちょうほうじ)

      ここを登って行くと、三代藩主綱教公と、四代藩主頼職公の墓があります。
b0093754_00756.jpg

    間もなく三代藩主綱教公の墓に到着します。 ドラマでは、辰巳琢郎が演じていました。
    二代藩主光貞公の長男で、吉宗の兄に当たります。 正室は五代将軍徳川綱吉の娘・鶴姫です。
b0093754_00215.jpg

      この墓碑にも、何も書かれていません。
b0093754_003753.jpg

      続いて、四代藩主頼職公の墓です。
b0093754_005117.jpg

      ドラマでは、野口五郎が演じていました。
b0093754_01419.jpg

     三代藩主綱教公の弟です。 26歳の若さで病のため、卒去しました。 妻子はありません。
b0093754_011689.jpg

        この墓碑にも、何も書かれていませんね。 
b0093754_013149.jpg

人気ブログ ランキングに登録しました。

bana-1

bana-2


どちらもクリックして頂ければ嬉しいです。

by youshow882hh | 2007-06-28 00:30 | | Comments(10)

  長保寺 (ちょうほうじ)

       この石段を登ったところに、二代藩主・徳川光貞公の墓があります。
b0093754_016248.jpg

    二代藩主・徳川光貞は、初代・頼宣公の長男で、言わずと知れた、八代将軍・吉宗の父です。
    正室は、伏見の宮貞清親王の娘、安宮です。
    NHK大河ドラマ 「八代将軍吉宗」 で、大滝秀治が演じました。
b0093754_0161446.jpg

   法令27ヶ条を制定するなどの善政により、領民から慕われました。 文武両道にすぐれた人です。
b0093754_0162471.jpg
b0093754_0163689.jpg

    次は、三代藩主・綱教公と、四代藩主頼職公です。 
    ドラマでは、それぞれ辰巳琢郎と野口五郎が演じています。
    ここから少し離れていますので、このような林の中を歩きます。
    尚、全ての墓を見るのは時間的に無理ですので、主だった藩主の墓、数基だけにしておきます。
b0093754_0164884.jpg

人気ブログ ランキングに登録しました。

bana-1

bana-2


どちらもクリックして頂ければ嬉しいです。

by youshow882hh | 2007-06-27 00:47 | | Comments(10)

  長保寺 (ちょうほうじ)

   紀州徳川家は、五代藩主吉宗と、十三代藩主慶福が、それぞれ八代将軍徳川吉宗、十四代将軍
   徳川家茂となっており、御三家の内で征夷大将軍を輩出した唯一の家であるのです。
b0093754_0162595.jpg

    墓碑は28基で、その内12基が藩主の墓碑で、他は藩主の夫人や子息等のものです。
b0093754_0163987.jpg

     330基にも及ぶ石灯篭など全ての石材は、花崗岩を使用しています。
b0093754_0165077.jpg

   初代徳川頼宣(よしのぶ)の墓です。 頼宣は徳川家康の十男で、覇気に富み、紀州徳川家の
   祖となった人です。 正室は、加藤清正の五女瑶林院です。
b0093754_017531.jpg

     昨日も書きましたが、前後左右、台座に至るまで何も書かれていません。 
     大きな石は、ご神体だから傷をつけないという思想もあったようです。
b0093754_017192.jpg

人気ブログ ランキングに登録しました。

bana-1

bana-2


どちらもクリックして頂ければ嬉しいです。

by youshow882hh | 2007-06-26 00:49 | | Comments(14)

  長保寺 (ちょうほうじ)

      左の建物は 「御霊屋」 です。
b0093754_2329724.jpg

      「初代頼宣公 寛文六年建立」 の看板がかけられていますね。
b0093754_2329211.jpg

        さて、この石段を登ったところに ・・・・・
b0093754_23293578.jpg

        「御廟門」 があります。
b0093754_23294748.jpg

     長保寺には紀州徳川家歴代藩主の御廟が山腹に5段構えで展開しています。
     このような形式は全国に他に例がありません。 藩主廟所としては、全国一の規模なのです。 
b0093754_23295782.jpg

    と、言っている内に、初代藩主頼宣公の廟所の前まで来ました。
    紀州藩徳川家の 初代、二代、三代、四代、六代の藩主の墓碑には、全く何も刻まれていません。 
    これは、長保寺の墓碑の大きな特徴です。
b0093754_2330784.jpg

    紀州徳川家の言い伝えでは、万が一、戦いが起こった時、簡単に墓が敵に暴かれないよう
    用心のため、どこが誰の墓か分かりにくくするためであったと言われています。
    誰の墓かは住職だけが知っており、近在の者も8月15日だけしか参拝が許されませんでした。
b0093754_23301627.jpg

人気ブログ ランキングに登録しました。

bana-1

bana-2


どちらもクリックして頂ければ嬉しいです。

by youshow882hh | 2007-06-25 00:01 | | Comments(16)

  長保寺 (ちょうほうじ)

   ここで、是非皆様に 長保寺境内案内図 を見ていただきましょう。その広さに驚くことと思います。
b0093754_0144789.jpg

    では、徳川家御廟へ行くことにしましょう。 昨日の鎮守堂からも行くことが出来ますが、
    拝観受付の右側から 「客殿」 の塀に沿って行くのが正式なコースです。
b0093754_0145787.jpg
b0093754_01582.jpg
b0093754_0152049.jpg

     間もなく、納経所や御霊屋への入り口があります。
b0093754_0153428.jpg

     門をくぐった所に、納経所があります。 私も御朱印を受けました。
b0093754_015451.jpg
b0093754_016039.jpg

人気ブログ ランキングに登録しました。

bana-1

bana-2


どちらもクリックして頂ければ嬉しいです。

by youshow882hh | 2007-06-24 00:31 | | Comments(4)

  長保寺 (ちょうほうじ)

    多宝塔の脇の小径を登って行くと 「鎮守八幡宮」と呼ばれた長保寺鎮守堂へ行くことが出来ます。
b0093754_083673.jpg
b0093754_09399.jpg
b0093754_091757.jpg

    重要文化財の長保寺鎮守堂です。 永仁3年(1295年)の建築で、一間社流造、桧皮葺、
    間口 1.34m、奥行き 2.4mの小さな社殿です。
b0093754_092944.jpg

人気ブログ ランキングに登録しました。

bana-1

bana-2


どちらもクリックして頂ければ嬉しいです。

by youshow882hh | 2007-06-23 00:26 | | Comments(10)

  長保寺 (ちょうほうじ)

    長保寺本堂に向かって左には、護摩堂、阿弥陀堂、鐘楼と並んでいます。
    まず、護摩堂です。 本尊は南北朝期の作の不動明王です。
b0093754_020425.jpg

    阿弥陀堂です。 多宝塔の金剛界大日如来像に次いで古い阿弥陀如来坐像が安置されています。
b0093754_02183.jpg

   鐘楼です。 鐘楼の釣鐘について、拝観受付のオバさんから次のような話を聞くことが出来ました。
b0093754_0213767.jpg

    太平洋戦争末期の昭和19年、長保寺と言えども軍には勝てなかったのでしょう。
    素晴らしい音色の長保寺の釣鐘を軍に供出してしまいました。そして間もなく終戦を迎え数年後、
    長保寺の有志達は 「まだ軍艦にも戦車にもなっていない。どこかの倉庫にでも転がっているに
    違いない」 と八方手を尽くして探しましたが 見つける事が出来なかったということです。
b0093754_0214939.jpg

    今でも、もう一度探そう、と言っている有志がいるそうです。
    現在の釣鐘の由来は、聞きそびれてしまいました。
b0093754_022039.jpg

人気ブログ ランキングに登録しました。

bana-1

bana-2


どちらもクリックして頂ければ嬉しいです。

by youshow882hh | 2007-06-22 01:26 | | Comments(18)

  長保寺 (ちょうほうじ)

    長保寺の3つ目の国宝・多宝塔です。
    多宝塔は正平12年(1357年)に建てられた方3間、本瓦葺きの建物で、その造形的な美しさや
    技法的な卓越さを見ても、南北朝時代を代表する建築として位置づけることが出来ます。
b0093754_010429.jpg

  本堂と多宝塔はこのような配置となっています。 裏山から聞こえる 「ホーホケキョ」 が印象的でした。
b0093754_0105883.jpg

     これで長保寺の3つの国宝が出揃いましたね。 他には奈良の法隆寺しかありません。
b0093754_011934.jpg

人気ブログ ランキングに登録しました。

bana-1

bana-2


どちらもクリックして頂ければ嬉しいです。

by youshow882hh | 2007-06-21 00:36 | | Comments(8)